大阪地方裁判所 昭和43年(わ)2677号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(事実)
被告人は、幼少の頃脳性小児麻痺に罹患し、その後遺症のため以後左上下肢の運動機能に著しい障害を残し、三〇才頃迄生家で農業の手伝をした後、和歌山市、大阪、京都などで印判店に勤めたり、港湾労働事務に従事し或いは風呂屋の下足番、ダフ屋などをし、その後昭和三六年頃大阪市西成区にある社会福祉施設自彊館に入り、そこに三年程いる間に似顔絵を描くことを習い、同施設を出た後、昭和四一年二月頃より大阪市内西成周辺の路上で通行人の似顔絵を描き生活を立てていたものであるが、同年八月一一日午後七時ごろ似顔絵を描くためいつものように宿舎を出て、途中子供相手に似顔絵を描いた後、同日午後九時二〇分頃、西成区飛田新地内料亭「多摩川」前路上に着き同所で、通行人の似顔絵を描いていた際、客や顔見知りの人から近くの酒店でおごつて貰うなどして日本酒三合位、ビール小瓶一本を飲んだのであるが、当日朝食をとつたのみで空腹のため酔の廻りのはやかつた被告人は、宿へ帰ろうと考えて、同日午後一一時二〇分頃同所を去り、飛田交番所前を通り、飛田本通り商店街へ出て、その通りを北に向い酔つた時の癖で大声を出してボヤキながら同日午後十一時四五分頃、西成区今池町四〇番地先路上を歩いていた際、通行人の氏名不詳の男(年令四二才位)に「おい待て。」と呼び止められたので、被告人は同人が何か感違いしているのではないかと思い「おまえに関係ないやないか。」と言つて少し通り過ぎると、同人からさらに「待てと言つたら待たんかい」と呼び止められたためすぐ後ろを振り向いたところ、同人が被告人にかかつてきそうに思われたので、常日頃から自己の身体の故障欠陥に劣等感を持ち、特に西成という生活環境においてしばしば一方的に殴られたり蹴られたりしており、つい二日前にも酒を飲んで本件犯行現場近くで通行人と喧嘩して暴行を受けていた被告人は、喧嘩したら負ける、一方的に殴られるという恐怖観念、或いは、被害妄想に襲われ、酔余の憤激も手伝い、咄嗟に「今ナイフでやつつけなければ自分がやられる」と思い、鉛筆削り用に携えていた刃渡り約9.5糎の大型肥後守ナイフ(昭和四三年押第六九〇号の1)を右手に持つて、同人に対しぶつかるようにしてその左前胸部を突き刺し、さらに頭部や左腕などに斬りつけ、よつて翌一二日午前零時二〇分頃大阪市阿倍野区阿倍野筋三丁目七二番地相原第二病院において、同人をして左心室貫通刺創による心嚢内血液タンボナーデにより死亡するに至らせたものであつて、被告人は右犯行当時心神耗弱の状態にあつたものである。
(殺人罪を認めず傷害致死罪を認めた理由)
検察官は、本件は未必の殺意による殺人罪であると主張し、
被告人は公判廷において一貫して殺意を否認するものの、ナイフを使つて被害者の胸部等を数回突き刺し同人を死に致した犯行の態様および捜査段階においては未必的殺意を認めるが如き供述記載があるので、殺意の存否につき以下検討する。
犯罪事実摘示のとおり、被告人は仕事を終え酒の酔いも手伝つて大声でボヤきながら帰途についたが、被害者が被告人を呼び止め被告人を睨んで向つてきそうなので、空腹のうえに酒を飲んでいた被告人は判示のようににわかに恐怖感、被害妄想に襲われ、後に説示する如く著しく是非善悪の弁別能力の減退した精神状態のもとで、被害者をナイフで突き刺したことが窺われ、被害者とはそれまで面識もなく何らの遺恨もなかつたこと等を考え合わせると殺人の動機は薄弱である。次に、前掲各証拠によると、被告人が使用した肥後守ナイフはいわゆる通常の肥後守よりは若干大きいが、刃渡約9.5糎の比較的小さな兇器であり、偶々被告人が似顔絵描きという仕事の性質上鉛筆けずりのため所持していたこと、被告人が被害者の左前胸部、頭部、右腕等数回突き刺し、就中左前胸部刺創はぶつかるようにして約一一糎もの深さに刺入したものであるが、以上の部位、程度態様は前記のとおり被告人の恐怖感、被害妄想の結果咄嗟に防衛的本能が働き攻撃を加えたもので、ことさら胸部を狙つて刺したものでもなく、又数回にわたり突きかかつていることも他の一般の場合のようにこれをしつような攻撃と評価すべきではなく、ぶつかるようにして刺したことも被告人の左上下肢の運動機能障害がそういう姿勢をとることを余儀なくさせたものと考えられ、ことさら意識的に右のような攻撃方法を選択したものとは認め難く、又被告人は犯行後被害者が謝まつたので自分の持ち物を拾い集め帰途につきかけたところ逮捕されたもので、被告人としてはさほど重大な犯行を犯したとの自覚がなかつたものではないかと考えられる。被告人の未必的殺意を認めるが如き供述調書の記載があるがこれは、被告人が被害者を死に致した結果極度に悔悟の念にとらわれ、罪の意識にさいなまれていたために、捜査官の理詰めの質問にあつて未必的殺意を認めるに至つたと解するのが相当であり殺意の点についての右の如き供述記載は必ずしも被告人の真意を的確に表現しているものとは解せられないのである。以上の諸事情を総合勘案すると、本件は確定的殺意はもちろん未必的殺意を認めることも困難であり、傷害致死罪に該当すると認めるのが相当である。
(心神耗弱と認めた理由)
弁護人は被告人が犯行当時心神耗弱であつたと主張するので判断するに、鑑定人浅尾博一の鑑定書によると、被告人は肉体的には幼少のころ脳性小児麻痺に罹患し、その後遺症のため運動機能障害が左側に見られ、左側の歩行障害、左手の運動障害があつて、左上肢は時々痙攣があるうえ、左下肢は先足位にして左足関節及び左上肢の手関節は強直を示して変形し、左上下肢の筋萎縮、左上肢に筋強直、顔面筋は殊に発語の際共同運動が認められ、言語障害が見られる。又精神的には、時には些細な事で易怒的、易刺戟性となり、外界に対して防衛的、孤独的であり、衝動的に行為を起す傾向があり、不安定な対人関係を有すること、被告人は身体障害者であることに対する強い劣等感を有していたこと、そのため被告人が酔つぱらつて喧嘩をしたような場合思うような反撃が出来ず一方的に殴る蹴るの暴行を受けるのが常でありつい二日前にも暴行を受けたことから、極度に恐怖感、被害者意識を有していたこと等が認められる。
このような肉体的、精神的状況にあつた被告人が被害者に呼び止められ、「関係ないやないか」と言つて行き過ぎようとしたのに、更に被害者が「待てと言つたら待たんかい」と言つて被告人を、睨んで向つてきそうだつたので、犯行前空腹のうえに三合余の酒を飲んだことによつて、幼少のころ罹患した脳性小児麻痺の後遺症が影響してアルコール耐性低下をきたしたことも相俟つて、過去において飲酒のうえボヤいていた時に他人に殴られた事等があり、そのことが無意識的に意識野に現われたものと考えられ、その為に反射的に防衛機制が成立し充分な熟慮や認識がないままに自己を保護する為の手段としてナイフで相手を刺すという行為が衝動的に行われたものとの鑑定人の見解はその限りにおいて概ね当を得たものと考えられるのである。
以上、被告人の肉体的精神的状況、右状況下における飲酒によるアルコール耐性低下、犯行の動機、態様等総合考察すると、被告人の犯行時における精神状態は是非善悪を弁別する能力および右弁別に従つて行動を制御する能力が著しく減退していたと考えられ、犯示の如く心神耗弱の状態にあつたものと認めるのが相当である。
ただ右鑑定書によると「被告人は本件犯行当時飲酒による病的酩酊状態にあり、かかる精神状態に於てはその行為に対する是非善悪の判断は全く欠けていたものと考える。」と指摘するが、被告人が当時病的酩酊状態にあつたとの判断は被告人との面接及び問答から得られた鑑定人の主観的な印象を重視する余り鑑定人の行つた諸種の科学的テストから得られた客観的資料から当然には導き出すことの出きない結論を無理にひき出したのではないかとの疑いが強く、結局右結論に至る推論の過程には論理の飛躍があると考えられるので右判断は採用できない。
(原田修 野曾原秀尚 奥田孝)